FC2ブログ
--. --. --  
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2014. 04. 04  
師走最後の週末
もう明け方なのに
消える事ない街のネオン

行き交う人々の群れ

呼び込みの声
馬鹿騒ぎする声



そんな師走の喧騒の中
灯かりの尽きる
場所まで歩く

お気に入りの曲の
ボリュームを上げて


重ねた肌の温もりは

熱い湯で暖まった
熱と共に奪われ


一緒に過ごした時間すら
過去に奪われながら



煙草の煙なのか
寒さの中の息なのか

白い気体が風で渦を作り
そんな僕の周りを
包んでは消えてゆく

匂いだけが
その風に運ばれ

嬉しくも虚であるが

共有した時間の記憶を
思い出させてくれる




少し咳が出る

赤い信号
無視して渡る師走の群れ

何処に行く為に
何処に帰る為に

「まぁいいか」

解らないから
唾を吐く



どうせ土瀝青の
染みにも
なりもしないのに




そして左右を確認し
僕も赤信号を進む




振り返ると


赤は青くなっていた





12月29日0:30~3:00
お礼

昨日もありがとうございました

年内最後と考えていたけど、すぐに会いたくなる

大阪に来てから会う回数も増え、最近は、本当にいっぱい話す様になったね

気の効いた楽しい話しは苦手で、気障な事ばっかり話してるね

纏まらず、投げ掛けては答えの無い話しもいっぱい

それでも二度と無い大切な時間や会話の中で、素の自分で居られるから嬉しく思う

今の自分に出来る事って、思ってるよりも凄く少なくて、まだまだだなって思っえるからこそ、頑張る力になってるよ

向き合っていたいと思っても、気付かずに見過ごしたり、言葉足らずで、意味不明な事を言ってしまったり

舞い上がっては、自分の話しばかりで退屈な話しになってるかも知れない

聞いてあげたい事
言ってしまった事
言えなかった事
気付けなかった事

後悔は尽きない

そんな鈍い会話でも、いつも真剣な眼差しで聞いてくれてる事に凄く感謝してる


覚えてるはずの無い、下らない事を覚えてくれてたりすると、もう頭が真っ白になる

本当に聞き上手で、話させ上手な君

接客や人事の面談で話しを聞く事は多い僕だが、君の前だといつの間にか気持ち良く話してしまっている

その事が逆に歯痒い

君にも同じ様に素のままで心休まる場所であって欲しいから


話しの合わせ方も、聞き方も

のり方や褒め方も

好きな曲や考え方
食べ物や空腹感までも

本当に良く合わせてくれてるなと、最初は思い、その優しさに勝手に感謝してたけど

それは、僕自身こそが無意識で作り出した虚像だったかもしれないって今は思う

素直に感じられてない自分を、恥ずかしくも、申し訳無く思う


だって、昨日は少し違ったから


「私は…」って言う君の意見や反論と口調

そして眼差し


話しの内容に、胸が苦しかったけど、不謹慎で申し訳ないけど、凄く嬉しくもあった

今までなら、そこに境界線を感じていたかもしれない

性別や成育環境
社会的立場(住む世界)


でも君は君、僕は僕

違って当然

その前に人と人である事

区別や避ける必要はあるのかい?

そんな境界だった


だけど昨日は、見えない扉が開いた様に感じた

君や君と同じ様な思いをしてきた人

大きさや色の違いはあれども、その周りで自分の守るべき物を守る為に生きる人

其々の価値観や持ち合わせているルール

それを否定する様な一方的で理想論の価値観を話す僕

自分すら乗り越えられない正義の様な価値観なのに

それでもやっぱりこうありたいと思える、自分の意見を言えたと思う

君に合わす事無く


でも君はこれからどうなりたいの?


僕自身も行動は未だ、言葉に追い付かないし、この先どう変化するかも分からない

ただ恵まれてると言われても否定はしないけれど

言えるのは、そんな会話により、向き合う事が出来るかと

平行線が交わり
何かが形になって行くんだろうと

たまたま今までは
同じ意見の事が、多かったのかも知れないし

互いに絵合わしてただけかもしれないけど

こうやって理解仕合う様になれるのかなって思えた


仕事も一緒だと思う

色んな価値観やその人だけの感情

人には言えない何か

それでも

人と人

気持ちと気持ちを

交える事は大切だなって思う

ちゃんと向き合って
否定でなく受け入れて

違う考えこそ、思い遣りを持ちぶつけ合って、意見を交ぜ合って

そして理解を諦めない事

答えを自分で勝手に出さない事

その大切さを思い出させてくれた



「人間昆虫記」の様に、模倣してみても

虚しい自分から逃れる事は出来ない

以前、プレー最中に鏡を嫌った様に見えた君に心苦しく感じた

自分への罪悪感なのか?

自分を知るには、自分を誰か(何か)に写す事も必要

自分に写る相手を感じる時は、自分の鏡を曇らせて無いかって事も大切

明鏡止水で居る事
難しいよね

でも、写し合う事は、織り成す事であり

織り成す事で、形や色が見えてくる

織りあげた布は

誰かを温め
傷をかばう

かも知れない



遅くなったが、これが「人間昆虫記」より「糸」の歌に繋がった僕の結論です


最後のヒントをくれたのは、やはり君でした

この結論こそ、君と僕が紡いだ布なんだとも思える


そしてこの歌がくれた結論は

人が生きて行く中で
人が人と生きていかなくてはならない中で


仕事しかり
恋愛しかり
家族や国
宗教の争いすら

導いてくれると信じたい

人と人が接する全ての場所で、理解する為の行為では無くて

この接する行為が生じる所で、自然に理解が生まれる

気障に言うと「愛」と呼ばれる物なんだと


この事は、自分自身に対しても同じだろう

自分の中にいる、沢山の自分達と、この「愛」と言う織り成す行為が出来ているだろうか?

自分自身が作り上げた自分を模倣してるだけでは無いのか?

簡単な事では無い
本当に苦しいし恥ずかしい

それでも、この自分自身に対し「一期一会」の気持ちを持ち続けたいと僕は思う


君の書いた素敵な小説

僕はその小説こそ、君の言う純文学と思ってる

純文学の意味は未だ良く解って無いけど

昔見た君の書いていたブログ

その全ての文章に強烈な魂の叫びを感じた

その時の僕は、その生きる執念に救われては憂い、一緒に前向いて歩こうって思えた事に感謝した

そこに月を湖に映し触れようとする描写があった

何だかそんな事を思い出しては

澄んだ湖でいられる事の難しさを感じていた

そして、僕が居られる場所と時間のあまりにも少ない現実に怒りすら感じていた

久しぶりのベットでの行為では、自分の中の2つの不完全な気持ちが、会話以上に感覚に響き渡り

相変わらず鋭くて鈍くて、濁った嫌な身体だなって、思っては

そんな人間臭さい、自分の身体が好きでもあった

人の体温は約36.5℃

暖かく感じるのも
冷たく感じるのも

感じる側の感覚に依る

同じ体温なのだから

矛盾の中の感覚

射精のみが、変わらぬ真実で、変わらぬ事を虚しくすら感じた



ウシジマの本も本当にありがとう♪

相変わらず君の感性は、想像を越える何かを与えてくれる

そこから話してくれた話し

色々と当事者の気持ちを無視した、綺麗事ばかり言ってしまったけど

やっぱり
言いたいのは

大切な人をほっとけるはずが無いし

大切な人が知ったとしたら

胸が締め付けらる事になる、相手の為を思っての自己犠牲は

生き残る為にせよ
二人分の夢の為にせよ

周りに迷惑掛けない為にせよ

そこから生まれる物は、そこにしか戻らない

極端な事言うと

「大切な人の為に何かしてるって」

「大切な何かの為に頑張ってるって」

言う様な無意識の自己満足とも感じる

否定はしないし良く解る

しかし大切な人の自己犠牲を放置出来る人でありたくないし、大切な人の為に、大切な人が、大切と思ってくれる大切な自分を犠牲にしたく無い

大切な者同士、本当に互いの仕合わせを思う二人なら共有し乗り越えられない事は無いと

独りでも生きられるが、独りじゃないから出来る事があると

これはやっぱり結論だ

生き様であり
希望であり
矛盾です

「永遠の0」の宮部久蔵のそれは

自己犠牲では無くて、命の恩人に対してのどうしようもない「義」であると思う

「惻隠の情」やがて仁となると孟子は言った

そこを目指す為にでは無いが、そうありたい

今の僕は自己満足の固まりだから

でも押し売りになっちゃってたね

だから、昨日は反省してます

ごめんなさい
言い過ぎました

そしてそれを救ってくれた君の暖かい体温に感謝します

歩きだしても
止まったままでも
いつも応援してます

歩きだしてるかも知れないって言ってた君

最近はそれを感じる会話や同じ様で同じじゃない君を見てると嬉しいよ♪


昨日も言ったけど、戻る事は逃げる事じゃ無いが、依存の復縁に未来は無いと思う

でも逃げたり遠回りは生きる術だから有りと思う

「止まったままで良い」って

歩きだそうとしてる人に対して酷い言い方だったね

ごめんね

でもね

僕が伝えたかったのは、歩きだすなって事じゃ無いよ

止まって見てる景色は変わらぬ物?否

変わるって事は相対的に動いてる事だと思う

歩み出すには、地図があると迷いづらくていい

心より進もうと思えた時がスタートでいい

破綻しない為には長い助走も必要

そう思う

君の次の旅のテーマには「No.1からOnly1」が相応しい

雪溶けの春
切なくもあるけど

心のままに行こう

また、自己欺瞞は罪悪感の種になると思う

「罪悪感」は、自分の観念に対する、違和感から生まれてくる

簡単に言うと
「好きな自分」なのか
「嫌いな自分」なのか
「無関心な自分」なのか

って事だと思う

そして
「客観的に見るか」
「主観的に感じるか」だと思う


逆にしっかりと澄んだ目で「主観的」にみた自分が、信じる自分の「ありのまま」の行動に「罪悪感」は芽生えないとも思う

難しい事だし、何かに染まりきって忘れてしまってるかもしれないから、一人じゃ無くて、人と人は紡ぎ合って行くんだね

ちゃんと向き合って

そして僕も、心に吹く風を信じ

自分の気持ちを大切に、自分を大切に思ってくれる人の気持ちを大切に、再出発を決意します

本気になれる気持ちを信じて

いつもありがとう


ryujwind



「風が如く」

飛ぼうとしてる鳥がいるならば

そっと背中を押す
優しい風


翼の広げ方を忘れた鳥がいるならば

思い出すまで
飽きるまで待つ
そよぐ風


飛ぶのを諦めた鳥がいるならば

手を差し出して一緒に行こうって言う
強くて暖かい風




花咲かす場所に迷い
同じ場所を浮遊してる
たんぽぽの綿毛


こっちだよって
あるべき場所に
そっと運ぶ




歩みだしても

止まっていても

戻りたくても

進みたくても



その物語の
名もなき主人公に


そんな風が
吹き始めている



耳をすませば

優しい勇気の詩の奏でが聴こえてくる


風を感じながら

風に身を任せて

風に包まれながら

風を上手く利用して

飛ぶのを諦めずに

傷んだ羽を癒して
待ってても

先にゆけと言われても


その風は止まずに吹き続けてる



だって空は一つだから


その風を心地好く感じたなら

心のままに翼を 広げよ


恐れる事は無い
それはとても自然な行為


色んな風が吹く場所で


あなたの風を感じ
止まったままでも良い


その風があなたの風ならば、きっとあなたの場所に運んでくれる


辿り着いた場所で


止まったまま
同じはずの景色を
見渡すと



同じはずの景色が
違って見える


こんなにも色付いて


その時、始めて自分だけの自由の大空への旅立ちを感じるだろう



風の如く
澄みきった心で

そんな素敵な景色を
僕は見ていたい
関連記事
スポンサーサイト
NEXT Entry
春の歌
NEW Topics
愛の言葉
アタリマエノコト
公開
解き放つ
記念日
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

ryujiwind

Author:ryujiwind
Welcome to my blog

最新コメント
最新トラックバック
カレンダー
11 | 2018/12 | 01
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
Special Thanks
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
ブログ
16296位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
4409位
アクセスランキングを見る>>
全記事表示リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月光の導き
フリーエリア
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。